on the Minatogawa一般社団法人のメンバーの呼称は「社員」である。しかし、一般に「社員」という言葉で想起されるものと実態は異なることから、代わりとなる呼称のアイデアを求められた。
こういったときのネーミングは非常に重要だ。九州にある中世の景観を残す水田のオーナーを、単に「水田オーナー」募集とはせず「荘園領主」募集としている例を聞いたことがある。予想するに、日本史好きはその響きに惚れ「荘園領主になりたい」と殺到したのではないか。実際に、すぐにオーナーが集まったようだ。
そこで、藺製品倉庫に集う人のネーミングは何が良いだろうか、と考えた。ふと思い浮かんだのが、平安時代の「蔵人(くろうど)」だった。天皇の側近、秘書的役割を担い「男房」(女房の男バージョン)とも言われた。蔵人のリーダーは「蔵人頭(くろうどのとう)」と呼ばれ、今でいうところの官房長官である。首相と並び、テレビ等での出演機会も多いし、首相の女房役なんて言われたりもする。こういった歴史的意味からは少しずれるかもしれないが、「くら」に集う人としてピッタリに思えた。
じつは同時並行で、クラウドファンディングのことも話題となっていた。混同している人もいるかもしれないが、クラウドファンディングの「クラウド」はネットやデータ蓄積などの文脈で使われる「雲=cloud」ではなく、「群衆=crowd」のことを指す。不特定多数の人と仕事の受注・発注を行う「クラウドソーシング」なども後者の方である。「蔵人」は「くろうど」だけでなく「くらうど」とも読めるので「蔵人ファンディング」と洒落みたいな表現にしたり、支援者を「くらうど」と呼んだりししても面白い。
しかし一方で、オンミナの理念から群衆という没個性な「くらうど」はどうかな、と思いあぐねていた。そこで、代表の林さんからの「くらびと」はどう?という提案は、ピタリと来るものであった。どうしても組織の中の個人というのは、個性を尊重してもらえないことが多いと感じる。これは特に、都市部よりも地方の方が顕著かもしれない。不特定多数の個人ではなく、顔が見える個性豊かな一人の「ひと」を表現する「くらびと」はしっくりくる。
ただ、「くらびと」という呼称が定着するかは、メンバー次第である。つい「社員」と呼んでしまいそうだが、そうなると元どおりになってしまう。「社員、いや、クラビト」とたどたどしく始めながら、定着してくれたら嬉しいな、と思う。ここに集う人は本当にそれぞれの得意技を持ち、個性豊かである。そのことが十分に活かされる場であり続けることを願いつつ。
余談であるが、中世において倉の管理を担っていたのは「問丸(といまる)」である。現代の「問屋(とんや)」も、ここから派生したという。学校現場で盛んに行われつつある探究学習では「問い」が重要である。いずれ、蔵が子どもたちの学びの場になった時は、そこに集う学び手を「問丸」と呼んでも愉しそうである。ちなみに、徳仁親王はテムズ川の水運についての研究で知られるが、初めての研究論文は兵庫の問丸をについて書いている。そう、徳仁親王は今上天皇である。もしかすると令和は、水運史の時代かもしれない。
参考:
徳仁親王『水運史から世界の水へ』NHK出版、2019年
徳仁親王「『兵庫北関入舩納帳』の一考察 ―問丸を中心として―」
『交通史研究』8号、1982年
※論文はインターネットでも公開されている。
(吉田英文)